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鬱のときは休め、ということ

鬱っぽいときはとにかく休養しろ、とよく言われる。
  
 それが本当に効く人も世の中にはいるのかもしれない。しかし私に限って言えば完全に逆効果だ。
 
 家でじっとしていると、余計な事を考えてますます鬱々とした気分になってくる。そういうときに限ってネットサーフィンでネガティブな情報を拾ってしまったりする。当たり前だが仕事も一切進まない。
 
 仕事場に行って何かに取り組んでみると、あまり能率は上がらないにせよ前進できる。まあ進んだら儲けものくらいに気楽に考えるといい。ちょっと何かやるのすら無理なら、とりあえず仕事場に出てきた自分をほめる。そしてわずかだが達成感を味わう。前向きな気持ちになる。

 休日だったら散歩か、買い物か、ジムか、図書館に行く。うちには犬がいるので毎日ある程度の時間必ず犬と一緒に散歩に行くことになる。犬を連れて歩いていると、季節の移ろいを肌で感じる。なぜかブログの記事の構想を練るのも歩きながらだとはかどる。足を動かすのが脳にいい刺激を与えるのかもしれない。
 
 人それぞれだが私には「何でもいいから外に出てみる」のが超有効です。

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1日1ポジティブ運動

気持ちをちょっとポジティブにする方法。
 ポジティブ(前向き)な行動を1日最低1回は取るのである。

 例えば駅でエスカレーターではなく階段を上り、ちょっと運動してみる。部屋の掃除や食器の片付けをてきぱきとやってみる。実家にいるときは家事を親任せにせず自分でやる。そして終わったら自分をほめる。

 小さいこと、当たり前のことで構わない。「ボジティブ貯金」が日々たまっていく様子をイメージするのだ。

 ただし、ものすごい鬱のときはこれすらやる元気が湧かないから、ちょっとサボってもいい。無理なく続けるのが継続の秘訣。

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気が重い仕事

どうしても気が重い用事というものがある。

 1日の初めに、その日一番気が重い用事をちゃちゃっと片付ける覚悟を決めてしまうといい。

 気難しい人との相談、神経を使う作業、長い文章の作成。そういうものを1日1つ片付ける。逆に言うと2つ以上はやってもいいしやらなくてもいい。

 気の重い用事も、最悪の事態を想定して準備してかかると、意外とあっさり終わって拍子抜けしたりする。気難しい人との交渉はこれでもかというくらい低姿勢になって、細かい作業は間違えてはいけないポイントを確認しながら、ボリュームのある文章の作成はまず全体の構成を決めてから。

 そして1日1つ気が重い用事を片付けていくと、いつしかそういう用事は減っていくものである。

 だから、やらないといけないけれどなかなか取りかかれない用事に囚われて悶々とするより、さっさとその用事を済ませてしまった方が得なのである。

 以上、『それを、「楽しい方」に変えてみない? 明日ちょっと運が良くなる、思考のメモ』の受け売りでした。

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死にたいと思ったとき

何かがあって、死にたいと思ってしまったとき。

 「死にたい」というのはだいたいの場合「死にたいと思うくらい辛い」「死にたいと思うくらい不安だ」という意味であると思う。辛い状況、不安な状況がなくなれば「死にたい」という思いも消えるはずである。世の中は広いので、もしかしたら全く純粋に文字通りの意味で「死にたい」と思う人もいるのかもしれないが、それについては脇に置いておくことにする。

 死にたいくらい辛いとき、不安なとき、どうしたら辛さや不安を和らげ、そこから抜け出せるのか。人に話す、という選択肢もあるが、その人に心配をかけるかもしれない、と思ってしまうとハードルが高くなる。勇気を出して話してみることが出来たとしても、笑い飛ばされたり聞くのを拒絶されたり最悪ただのかまってちゃんと思われてしまうかもしれない。電話相談にかけてもつながらないかもしれない(私は実際に気が滅入って死ぬことばかり考えていたとき電話相談にかけたことがあるが、一度もつながったためしがない)。

 そんなことを考えていたとき、『自殺者三万人を救え!――“命”みんなで守る社会戦略』という本で、「自殺対策に取り組む僧侶の会(現在の名称は自死・自殺に向き合う僧侶の会)」という団体で、お坊さんが手紙のやり取りで死にたい人の相談に乗るという取り組みをしていることを知った。

 私がこのブログを書き始めた動機もそれなのだが、考えていることを文字に書くことで思考が整理され、こんがらがっていた頭がすっきりする効果がある。それに手紙なら、多少返事をもらうまでに時間がかかっても、つながらないという心配がない。何よりこのご時世に手紙というアナログな方法なのが、効率ばかり求めるせかせかした世の中に抗うようでいい。

 この取り組みを知って以来、私は「本当に死にたいくらい辛くなったら、お坊さんに手紙を書こう」と思えことで少し気持ちが軽くなるのを感じられるようになった。絶望的な思いばかりが頭によぎるようになっても、お坊さんに手紙を書くための便箋と封筒と切手がお守りになってくれる。普通のお守りの御利益は目に見えないが、こっちは目に見える形で救いを与えてくれる。

 今「死にたい」という思いの渦中にあるあなた、お坊さんに手紙を書いてみませんか?

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迷惑をかけるということ

ストレスケア・ドットコム」さんで、「私はいつも人に迷惑をかけている。死にたい」という人からの相談を見た。
 私もこの人と全く同じことを考えていたことがある。さんざん他人に迷惑をかける自分が嫌だ、誰もいない山の中に引きこもるか消えてしまいたい、と。
 でも、その時知り合いに言われた「赤ちゃんだって子犬だって(犬を飼っている人だったので)迷惑をかけるからこそ可愛くて仕方がない」という一言で、ああ、そういう物なのか、と少し安心した。
 私には子供はいないけれど、迷惑の塊のような存在がそばにいる。うちの犬だ。こいつは目を離すとすぐ勝手に家の中に入ってくる、夜中に庭で吠える、うるさいからと玄関に入れて寝かしつけようとしてもちょろちょろ走り回って入ってこないのでこっちは時間を無駄にすることになる。でも、笑顔でしっぽを振っている姿を見ると、迷惑をかけられたことなど忘れてしまう。
 考えてみると、迷惑をかけずに生きている人なんかいない。迷惑をかけるのはお互い様。そして迷惑をかけられた側は小さな迷惑であれば意外とすぐそのことを忘れてしまう。もちろん悪意のある迷惑、取り返しのつかない結果を招く迷惑はいけないが。
 別にちょっとの迷惑ならかけても構わないのよ、それすら嫌がる人はそれこそ山奥にでも住めば良いのよバカヤロー、と、くだんの相談者にはなぜかオネエ口調でアドバイスしたくなるのでした。

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