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死にたいと思ったとき

何かがあって、死にたいと思ってしまったとき。

 「死にたい」というのはだいたいの場合「死にたいと思うくらい辛い」「死にたいと思うくらい不安だ」という意味であると思う。辛い状況、不安な状況がなくなれば「死にたい」という思いも消えるはずである。世の中は広いので、もしかしたら全く純粋に文字通りの意味で「死にたい」と思う人もいるのかもしれないが、それについては脇に置いておくことにする。

 死にたいくらい辛いとき、不安なとき、どうしたら辛さや不安を和らげ、そこから抜け出せるのか。人に話す、という選択肢もあるが、その人に心配をかけるかもしれない、と思ってしまうとハードルが高くなる。勇気を出して話してみることが出来たとしても、笑い飛ばされたり聞くのを拒絶されたり最悪ただのかまってちゃんと思われてしまうかもしれない。電話相談にかけてもつながらないかもしれない(私は実際に気が滅入って死ぬことばかり考えていたとき電話相談にかけたことがあるが、一度もつながったためしがない)。

 そんなことを考えていたとき、『自殺者三万人を救え!――“命”みんなで守る社会戦略』という本で、「自殺対策に取り組む僧侶の会(現在の名称は自死・自殺に向き合う僧侶の会)」という団体で、お坊さんが手紙のやり取りで死にたい人の相談に乗るという取り組みをしていることを知った。

 私がこのブログを書き始めた動機もそれなのだが、考えていることを文字に書くことで思考が整理され、こんがらがっていた頭がすっきりする効果がある。それに手紙なら、多少返事をもらうまでに時間がかかっても、つながらないという心配がない。何よりこのご時世に手紙というアナログな方法なのが、効率ばかり求めるせかせかした世の中に抗うようでいい。

 この取り組みを知って以来、私は「本当に死にたいくらい辛くなったら、お坊さんに手紙を書こう」と思えことで少し気持ちが軽くなるのを感じられるようになった。絶望的な思いばかりが頭によぎるようになっても、お坊さんに手紙を書くための便箋と封筒と切手がお守りになってくれる。普通のお守りの御利益は目に見えないが、こっちは目に見える形で救いを与えてくれる。

 今「死にたい」という思いの渦中にあるあなた、お坊さんに手紙を書いてみませんか?

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