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感想:『男と女のワイン術』

積ん読になっていた『男と女のワイン術』を読んだ。

私は普段1000円台のワインをカルディなどで買ってきて飲んでいるので、村名がどうとか言われてもピンと来ないのだが、その上でこの本を読んで今後に生かせそうなことをまとめてみると:

・私が好んで飲んでいる(安いから)チリやカリフォルニアのワイン(ニューワールドというらしい)は、果実味が強いのが特徴。冷やして飲むとよい

・逆にヨーロッパのワインは余韻が長く続く。繊細な味わいの食材との相性よし

・白はマコン、赤はボルドーのメルローを基準に、酸味、果実味、辛口(白)、渋み(赤)の度合いを伝えてオーダーする

・白ワインには薄い色の、赤ワインには濃い色の料理を合わせる

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感想:『老人と海』

荒木飛呂彦の漫画術』で「表現はヘミングウェイに学べ」というくだりがあったので、そうかヘミングウェイを読めばいいのかヘミングウェイヘミングウェイ…と呪文のようにつぶやいていたらこのあまりに有名な小説のKindle版を見つけたので買って読んでみた。『読んだら忘れない読書術』でも尊敬する人と友達からのおすすめ本は当たりが多い、と書かれていたことだし。(後で読み返してみたら、ヘミングウェイの「殺し屋」という短編が、具体的な説明をきれいにそぎ落として台詞だけでキャラクターや世界観を表現していて、漫画の台詞を書く際のいいお手本になる、という話で、別にとにかくヘミングウェイを読めという話ではなかった)

Amazonのレビューを見ると、主人公の老いた漁師、サンチャゴはキリストのメタファーであるとか、敗北の美学を描く作品であるとか、深い考察をされている方がたくさんおられる。この本の読書感想文を書くとすればそういったことを書くのが正解なのだろうが、読書感想文の課題でバツをくらう覚悟で私が感じたことを書くと「とにかく海の描写の美しさに圧倒された」。

照りつけるカリブ海の太陽、刻一刻と表情を変える青く透き通った海、様々な海の生き物たち、そんな美しい海で繰り広げられる漁師と巨大なカジキの絶対に負けられない戦い。すべてが活字を読んでいるだけでありありと頭の中に浮かんでくる。今まで読んだ小説の中で最も海の描写が美しい作品ではないだろうか。

小笠原諸島に行ったとき、船から見たボニンブルーの海を思い出した。限りなく深く、恐ろしいまでに美しい。この小説を読んでいる間、ずっとあの時の海をのぞき込んでいる気分だった。

物語の終盤、サンチャゴはせっかく仕留めたカジキをサメに食べられてしまう。しかし彼はいみじくもこんなことを言っている。
「だが人間は、負けるように造られてはいない」「打ち砕かれることはあっても、負けることはないんだ」
これがこの物語のテーマかもしれないと私は思う。この台詞、いかにも荒木先生が好きそうだと思うのは私だけでしょうか?

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感想:『ぼくがいま、死について思うこと』

大好きな作家、椎名誠の著書『ぼくがいま、死について思うこと』を読んだ。

ああ、椎名さんもそんなことを考える年になっちゃったか、とこのタイトルを見たとき愕然とした。考えてみればこの本が上梓された時点で69歳、現在71歳で、お孫さんもいるおじいちゃんなわけだし、「東ケト会」時代の仲間の小安さんや依田さんも亡くなってしまっているようだし…。

 この本には、椎名さんが世界各地で見聞きしたり本で調べたりした様々な葬儀の形態と、椎名さんご自身の死への思いが綴られている。

 ここで紹介されている世界の葬送儀礼についての話はどれも面白く、目から鱗がポロポロ落ちる思いだった。一部を紹介すると

・カンボジアの葬儀では、死者の魂が迷わずあの世にいけるよう、とにかく大きい音と読経で魂を家から追い出す(近所迷惑なんていうレベルじゃないらしい。また、カンボジアは未だポルポトによる虐殺の傷が癒えておらず、 いまだに精神的混乱と混沌の真っただ中にあることも感じられたとか)

・チベット仏教とゾロアスター教の鳥葬は意味合いが異なる。チベット仏教は死者の肉体を鳥たちに施すため。ゾロアスター教は遺体を汚れた物と捉えるため、火葬では火や空気を汚し、土葬では大地を汚し、水葬では水を汚してしまうため(椎名さんと奥様のチベットのご友人が亡くなったときの鳥葬の様子も詳細に記されていた)


・ラオスの山岳民族は森の中に櫓を組んでそこに遺体を安置するという葬り方をする。立木の枝を組んで鳥の巣のようなものを作り、そこに遺体を乗せておく樹葬というものもアメリカ先住民やオーストラリア先住民などの間で行われていた(最初全くイメージがわかなかったけれど、よく考えたら手塚治虫の『ブッダ』にそんなシーンがあったなあ)

・古代のヴァイキングの権力者の葬儀では、本物の船に遺体と副葬品と生きた女奴隷を乗せて火を放ち、海に流した(ひ、ひでー!)

・日本で亡くなった外国人はエンバーミングを施して本国(本書ではアメリカが例に挙がっていた)へ送り返す。エンバーミングされた遺体は大量の防腐剤が入っているため地中にあっても分解されず「ケミカルミイラ」化するらしい(そういえば海外ドラマのBONESで墓地から原型を留めたまま表面がカビだらけになった遺体が研究所に運ばれてきて解析される、というシーンがあった)

・日本で地名に「鳥」や「烏」がつく場所は、かつて遺体を野ざらしにしておく死体捨て場だった可能性が高い(ちょっと、京都の四条烏丸なんて今すっかり繁華街になってるじゃないですか!)

そんな世界の葬儀と比較して、椎名さんは現代の日本の葬儀のあり方を批判する。諸外国の中でも飛び抜けてお金のかかる、ショービジネス化された葬式なんかいらない、と。

確かに不必要にお金をかける必要はないし、椎名さんがお世話になった編集者の方の葬儀でお涙ちょうだいのアナウンスが流れたという本書のエピソードのようなあざとい演出もいらない。しかし、『死別の悲しみに向き合うーーグリーフケアとは何か』で述べられていたように、お葬式を豪華にすることで遺族の悲しみが軽減されるという側面もある。その視点が欠落していると思った。

ついでに、結婚式も同じように露骨にショービジネス化されているとして、形だけ海外の結婚式を真似た日本のキリスト教式結婚式(「キリスト教式結婚ごっこ」と揶揄されていた)についても触れられていたが、そういう結婚式がはやるのは女が結婚式の決定権を握っているから、という言い方に、自分は信者でもないのにキリスト教式の結婚式をするのは嫌だと常々思っている私はカチンときた。『わしらは怪しい探険隊』の頃から思っていましたが、椎名さんって女性が嫌いですよね?というか見下してますよね?

それでも世界の広さ、冒険の楽しさを教えてくれた椎名さんは、いつまでも私のヒーローだ。

「日頃のアウトドアの遊び仲間らといつものように海べりで潮風に吹かれながら焚き火にあたり、最後の極冷えビールを飲みつつぼんやり死にたい 」という椎名さん、いくつになってもぶれない。かっこいいぜ。

「じいじいも死ぬの?」と聞いてきたお孫さんに「じいじいは死なないんだよ」と嘘をついてしまったという話で泣きそうになった。

いつか椎名さんの訃報を耳にしたら、寂しいだろうな、泣くだろうな。でも来たるべきその日に、椎名さんが理想通りに海を見ながら冷えたビールを飲んであの世に旅立てるよう祈っておこう。

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感想:『死別の悲しみに向き合うーーグリーフケアとは何か』

死別の悲しみに向き合うーーグリーフケアとは何か

身近な人の死に際して、個人の存在を持ち続けながらその後いかに生きていくべきか、また死別の悲しみの中にある人に際して、周りは何ができるのか論じた一冊。

大切な人を失った後、深い悲しみから立ち直る(というか悲しみに“適応”する)ことができないと心身の健康を害してしまう。大切なのは悲しみを悲しむこと、悲しみから目を背けないこと。

そして周りの人たちは、遺族の話を否定したり訂正したりすることなく傾聴すること。故人に関わる記憶を共有すること。

この本で興味深かったのは、法事という形で弔いをするのが死後何十年にもわたり続くのは日本だけであり、それは故人の存在がすっかり忘れ去られて社会的な死を迎えるのを遅くし、遺族の悲しみを癒やす効果があるということ。そういえばうちでお世話になっているお坊さんもそんな話をしていたような気がするが、法事を面倒くさがらずに積極的にやろうという気になった。

また、大切な人の死を前にして表される感情やそれらへの向き合い方は人によって様々であり、ひとくくりにできないため、「今の状態は決して異常ではない」と認識することが立ち直りに有効であるということも、私の中で今までモヤモヤしていたものを吹っ切るのに役立った。私は大切な人を亡くしたときに妙に躁的になることがあり、これは「大切な人を失った可哀想な私」に酔っているだけなのでは、と後ろめたく思っていたが、これは躁的防衛といってままあることらしい。また、去年飼っていた犬が死んだとき、癌での闘病の末の死だったので、ああこれで犬も苦痛から解放されたし人間も介護の辛さから解放された、と妙にほっとしたのも、私が薄情者だからなのかと思っていたが、これもときどき見られることらしい。私も「異常ではない」と分かったことで救われたのだ。

以下、ちょっと気になった豆知識。

・同じイスラム社会でも、エジプトでは人が亡くなったとき悲しみの雰囲気に包まれることが多かったのに対し、バリ島では笑いや陽気なムードが見て取れた(バリ島のお葬式は明るくてにぎやからしい。ちょっとうらやましい。ただ、バリ島にはムスリムもいるが元々バリ・ヒンドゥーの文化圏のはずなので必ずしもイスラム社会ではない気が…)

・大切な人が災害や遭難、犯罪被害により生死不明になることを「あいまいな喪失」と呼ぶ(確かその人が生命はあっても認知症などで周りの人のことを覚えていられなくなってしまった場合も「あいまいな喪失」と呼ばれていた気がする。先日マレーシア航空機の一部が引き上げられてニュースになったが、あの事故の遺族も「あいまいな喪失」を体験したことになる)

・遺体の血液と防腐剤を入れ替え、外傷ややつれを直してきれいな外見で長期間保つエンバーミングという技術が近年注目されている。元々は南北戦争の折アメリカで発展した技術(以前通っていた英会話スクールのアメリカ人講師が「おくりびと」を「エンバーマーの映画」と言っていたが、ちょっとニュアンスが違う気がする)

・火葬にした遺骨を遺族がお箸で拾い上げる「骨揚げ」は、かつて土葬が主流だった時代、死後7年目に埋葬した遺体を地表に並べ、白骨化の状況を確認する儀礼が元になっている(沖縄の洗骨と似ているのが面白い)

・大切な人への最後のメッセージを残すことが遺族の救いにつながるケースが見られる(日航機墜落事故のとき、乗客の男性が残したメモが例に挙げられていた。映画「沈まぬ太陽」を見たときは、そのメモを書くシーンがあまりに悲しくて見ていられなかったが、残された娘さんはそのメモのおかげで心の整理がついたという)

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感想:『直感力』

直感力

将棋の羽生名人による、「直感力」を養う方法をテーマにしたエッセイ集。

将棋に明るくないとついていけない話があったり、抽象的な話題が多かったり、かなり難解。それでも頑張って読み進めていくと、ハッとするような深い言葉に出会える。

羽生名人の哲学が詰まった言葉の海の中で、何が心にしみるかは読み手の精神年齢やこれまでの経験次第だと思う。歳を重ねてから読み返すと、昔意味が分からなかった箇所が理解できるようになっている、そんな楽しみ方もできる本なのではないだろうか。

私の印象に残ったフレーズを挙げていくと:

「ロジカルに考えて判断を積み上げる力も必要だが、無駄と思えることを取り入れるのも大事だと思う」

「迷ったら本は買った方がいい」

「インプット以上にアウトプットを」

「ミスを重ねないためにどうするかということだが、まずはともかくも一呼吸おく」

「『長い距離をずっと走り続けねばならない』と考えるのではなく、すぐそこの、あの角までを目標に、そこまではとりあえず走ってみようといった小さな目標を定めながら走るのがいいと思う」

「自分の得意な形に逃げない」

「分からない、迷っている、悩んでいるとか空回りしているといった苦しい時間こそが、後々の財産となる」

「まずは目の前にあること、何か自分の中で響くことに向き合っていくのがいい」

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