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感想:『ぼくがいま、死について思うこと』

大好きな作家、椎名誠の著書『ぼくがいま、死について思うこと』を読んだ。

ああ、椎名さんもそんなことを考える年になっちゃったか、とこのタイトルを見たとき愕然とした。考えてみればこの本が上梓された時点で69歳、現在71歳で、お孫さんもいるおじいちゃんなわけだし、「東ケト会」時代の仲間の小安さんや依田さんも亡くなってしまっているようだし…。

 この本には、椎名さんが世界各地で見聞きしたり本で調べたりした様々な葬儀の形態と、椎名さんご自身の死への思いが綴られている。

 ここで紹介されている世界の葬送儀礼についての話はどれも面白く、目から鱗がポロポロ落ちる思いだった。一部を紹介すると

・カンボジアの葬儀では、死者の魂が迷わずあの世にいけるよう、とにかく大きい音と読経で魂を家から追い出す(近所迷惑なんていうレベルじゃないらしい。また、カンボジアは未だポルポトによる虐殺の傷が癒えておらず、 いまだに精神的混乱と混沌の真っただ中にあることも感じられたとか)

・チベット仏教とゾロアスター教の鳥葬は意味合いが異なる。チベット仏教は死者の肉体を鳥たちに施すため。ゾロアスター教は遺体を汚れた物と捉えるため、火葬では火や空気を汚し、土葬では大地を汚し、水葬では水を汚してしまうため(椎名さんと奥様のチベットのご友人が亡くなったときの鳥葬の様子も詳細に記されていた)


・ラオスの山岳民族は森の中に櫓を組んでそこに遺体を安置するという葬り方をする。立木の枝を組んで鳥の巣のようなものを作り、そこに遺体を乗せておく樹葬というものもアメリカ先住民やオーストラリア先住民などの間で行われていた(最初全くイメージがわかなかったけれど、よく考えたら手塚治虫の『ブッダ』にそんなシーンがあったなあ)

・古代のヴァイキングの権力者の葬儀では、本物の船に遺体と副葬品と生きた女奴隷を乗せて火を放ち、海に流した(ひ、ひでー!)

・日本で亡くなった外国人はエンバーミングを施して本国(本書ではアメリカが例に挙がっていた)へ送り返す。エンバーミングされた遺体は大量の防腐剤が入っているため地中にあっても分解されず「ケミカルミイラ」化するらしい(そういえば海外ドラマのBONESで墓地から原型を留めたまま表面がカビだらけになった遺体が研究所に運ばれてきて解析される、というシーンがあった)

・日本で地名に「鳥」や「烏」がつく場所は、かつて遺体を野ざらしにしておく死体捨て場だった可能性が高い(ちょっと、京都の四条烏丸なんて今すっかり繁華街になってるじゃないですか!)

そんな世界の葬儀と比較して、椎名さんは現代の日本の葬儀のあり方を批判する。諸外国の中でも飛び抜けてお金のかかる、ショービジネス化された葬式なんかいらない、と。

確かに不必要にお金をかける必要はないし、椎名さんがお世話になった編集者の方の葬儀でお涙ちょうだいのアナウンスが流れたという本書のエピソードのようなあざとい演出もいらない。しかし、『死別の悲しみに向き合うーーグリーフケアとは何か』で述べられていたように、お葬式を豪華にすることで遺族の悲しみが軽減されるという側面もある。その視点が欠落していると思った。

ついでに、結婚式も同じように露骨にショービジネス化されているとして、形だけ海外の結婚式を真似た日本のキリスト教式結婚式(「キリスト教式結婚ごっこ」と揶揄されていた)についても触れられていたが、そういう結婚式がはやるのは女が結婚式の決定権を握っているから、という言い方に、自分は信者でもないのにキリスト教式の結婚式をするのは嫌だと常々思っている私はカチンときた。『わしらは怪しい探険隊』の頃から思っていましたが、椎名さんって女性が嫌いですよね?というか見下してますよね?

それでも世界の広さ、冒険の楽しさを教えてくれた椎名さんは、いつまでも私のヒーローだ。

「日頃のアウトドアの遊び仲間らといつものように海べりで潮風に吹かれながら焚き火にあたり、最後の極冷えビールを飲みつつぼんやり死にたい 」という椎名さん、いくつになってもぶれない。かっこいいぜ。

「じいじいも死ぬの?」と聞いてきたお孫さんに「じいじいは死なないんだよ」と嘘をついてしまったという話で泣きそうになった。

いつか椎名さんの訃報を耳にしたら、寂しいだろうな、泣くだろうな。でも来たるべきその日に、椎名さんが理想通りに海を見ながら冷えたビールを飲んであの世に旅立てるよう祈っておこう。

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