まんざらでもない瞬間
管理人MAYAが無責任に日々のよしなしごとをつぶやくブログ。
人が死ぬ夢
人が死ぬ夢を見た。私の尊敬する人。その人の名前を書くと縁起でもないと怒られそうなので名前は伏せる。
夢の中で、その人は旅行先のイギリスで貴族の館を見学中に突然倒れ、亡くなった。常識的に考えてまだ亡くなるような年ではない。
私はその人の訃報を聞いたとき、あまりにも突然で、悲しみよりも先に、ただただ「嘘だろ…」と固まった。やがてその人の死因など諸々の情報を聞いても妙に無感動なままだった。
(夢の中で)どうせこれは夢だ、と思って(夢の中で)一眠りして、起きたら(夢の中で)本当にその人が亡くなっているのを知り、ようやく私は悲しくなった。お葬式に参列し(本当は私ごときが気軽にお葬式に行けるような人ではないのだが)、その人が眠っているような優しい表情で棺桶の中に横たわっているのを見て、もうすぐその人の肉体がなくなってしまうことを思い、わあわあ泣いた。
あまりにも生々しい夢だったので、まさか、と思って実際に目が覚めてからニュースを検索してしまった。当然その人の訃報記事はなかったので安心した。
調べたところ、有名人に限らず人が死ぬ夢は吉夢なのだそうだ。
確かに地道な努力の大事さは最近とみに感じるようになってきている。
そして、夢の中で亡くなったその人もまた、地道な努力を積み重ねて今の地位にたどり着いた人であることを知っている。
その調子、とその人が背中を押してくれているのかもしれない。
夢の中で、その人は旅行先のイギリスで貴族の館を見学中に突然倒れ、亡くなった。常識的に考えてまだ亡くなるような年ではない。
私はその人の訃報を聞いたとき、あまりにも突然で、悲しみよりも先に、ただただ「嘘だろ…」と固まった。やがてその人の死因など諸々の情報を聞いても妙に無感動なままだった。
(夢の中で)どうせこれは夢だ、と思って(夢の中で)一眠りして、起きたら(夢の中で)本当にその人が亡くなっているのを知り、ようやく私は悲しくなった。お葬式に参列し(本当は私ごときが気軽にお葬式に行けるような人ではないのだが)、その人が眠っているような優しい表情で棺桶の中に横たわっているのを見て、もうすぐその人の肉体がなくなってしまうことを思い、わあわあ泣いた。
あまりにも生々しい夢だったので、まさか、と思って実際に目が覚めてからニュースを検索してしまった。当然その人の訃報記事はなかったので安心した。
調べたところ、有名人に限らず人が死ぬ夢は吉夢なのだそうだ。
・有名人の夢は、地位や名誉のシンボル。しかし、地道な努力ではなく華やかさのみのイメージをもつ。 ・有名人の夢は、自分自身の見栄や虚栄の心の表れであり、夢を実現させるためには地道な努力が必要なんだという夢からのメッセージ。 ・そんな有名人が死ぬ夢は、自分自身の見栄や虚栄心、傲慢さがなくなっていくことを表す。 ・努力の大切さに気付いているのかもしれない。・ただし、好きな有名人が夢に出てくる場合は、ただの願望夢であることが多い。とのこと。
確かに地道な努力の大事さは最近とみに感じるようになってきている。
そして、夢の中で亡くなったその人もまた、地道な努力を積み重ねて今の地位にたどり着いた人であることを知っている。
その調子、とその人が背中を押してくれているのかもしれない。
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生きてるだけでだいたいOK
幼稚園児の頃からの付き合いの幼なじみとのやり取りの中で出てきた話題。
彼女は学生時代は将来バリバリ働くことを目指す意識の高い学生だった。
しかし就職してから人間関係が元で鬱を発症し、休職。そのまま退職することになった。仕事を続けられなかったことが情けなく思えてとても悩んだという。
現在彼女は専業主婦として子育て中。鬱は完治した。意識の高い学生の頃の理想とはかけ離れた生活だが、特にそのことで悩んではいないという。
「夢破れても元気で生きてれば100点満点なように世の中ってできてる」と彼女は言っていた。
私も学部から修士の途中まではそれなりに意識の高い学生で、研究の世界でのし上がってやろうという野望を持っていた。今の私はその頃の自分の理想とはほど遠く、これから先もあの頃の理想に近づくことはないであろう。過去の自分に今の自分を見せたら何と言うだろう、と思って死にたくなることもある。
でも、彼女の言うように元気で生きていられればそれでいいのかもしれない。
そういえば心理学者の河合隼雄の著書『こころの処方箋』で、
「崖の途中で草にしがみつき、何とか上へ登ろうともがき苦しんでいたが、思い切って両手を離すと、何のことはない草地に軟着陸し、そこには新しい世界がひろがっていた」
というたとえ話があった。
私も崖によじ登るのをやめて手を離さざるを得なくなる日が来るかもしれない。それでも絶望せずに生きてさえいれば、たぶんそれをきっかけに新しい世界を見ることができるのだろう。マギー司郎ではないが、「生きてるだけでだいたいOK」。
鬱のときは休め、ということ
鬱っぽいときはとにかく休養しろ、とよく言われる。
それが本当に効く人も世の中にはいるのかもしれない。しかし私に限って言えば完全に逆効果だ。
家でじっとしていると、余計な事を考えてますます鬱々とした気分になってくる。そういうときに限ってネットサーフィンでネガティブな情報を拾ってしまったりする。当たり前だが仕事も一切進まない。
仕事場に行って何かに取り組んでみると、あまり能率は上がらないにせよ前進できる。まあ進んだら儲けものくらいに気楽に考えるといい。ちょっと何かやるのすら無理なら、とりあえず仕事場に出てきた自分をほめる。そしてわずかだが達成感を味わう。前向きな気持ちになる。
休日だったら散歩か、買い物か、ジムか、図書館に行く。うちには犬がいるので毎日ある程度の時間必ず犬と一緒に散歩に行くことになる。犬を連れて歩いていると、季節の移ろいを肌で感じる。なぜかブログの記事の構想を練るのも歩きながらだとはかどる。足を動かすのが脳にいい刺激を与えるのかもしれない。
人それぞれだが私には「何でもいいから外に出てみる」のが超有効です。
それが本当に効く人も世の中にはいるのかもしれない。しかし私に限って言えば完全に逆効果だ。
家でじっとしていると、余計な事を考えてますます鬱々とした気分になってくる。そういうときに限ってネットサーフィンでネガティブな情報を拾ってしまったりする。当たり前だが仕事も一切進まない。
仕事場に行って何かに取り組んでみると、あまり能率は上がらないにせよ前進できる。まあ進んだら儲けものくらいに気楽に考えるといい。ちょっと何かやるのすら無理なら、とりあえず仕事場に出てきた自分をほめる。そしてわずかだが達成感を味わう。前向きな気持ちになる。
休日だったら散歩か、買い物か、ジムか、図書館に行く。うちには犬がいるので毎日ある程度の時間必ず犬と一緒に散歩に行くことになる。犬を連れて歩いていると、季節の移ろいを肌で感じる。なぜかブログの記事の構想を練るのも歩きながらだとはかどる。足を動かすのが脳にいい刺激を与えるのかもしれない。
人それぞれだが私には「何でもいいから外に出てみる」のが超有効です。
1日1ポジティブ運動
気持ちをちょっとポジティブにする方法。
ポジティブ(前向き)な行動を1日最低1回は取るのである。
例えば駅でエスカレーターではなく階段を上り、ちょっと運動してみる。部屋の掃除や食器の片付けをてきぱきとやってみる。実家にいるときは家事を親任せにせず自分でやる。そして終わったら自分をほめる。
小さいこと、当たり前のことで構わない。「ボジティブ貯金」が日々たまっていく様子をイメージするのだ。
ただし、ものすごい鬱のときはこれすらやる元気が湧かないから、ちょっとサボってもいい。無理なく続けるのが継続の秘訣。
ポジティブ(前向き)な行動を1日最低1回は取るのである。
例えば駅でエスカレーターではなく階段を上り、ちょっと運動してみる。部屋の掃除や食器の片付けをてきぱきとやってみる。実家にいるときは家事を親任せにせず自分でやる。そして終わったら自分をほめる。
小さいこと、当たり前のことで構わない。「ボジティブ貯金」が日々たまっていく様子をイメージするのだ。
ただし、ものすごい鬱のときはこれすらやる元気が湧かないから、ちょっとサボってもいい。無理なく続けるのが継続の秘訣。
気が重い仕事
どうしても気が重い用事というものがある。
1日の初めに、その日一番気が重い用事をちゃちゃっと片付ける覚悟を決めてしまうといい。
気難しい人との相談、神経を使う作業、長い文章の作成。そういうものを1日1つ片付ける。逆に言うと2つ以上はやってもいいしやらなくてもいい。
気の重い用事も、最悪の事態を想定して準備してかかると、意外とあっさり終わって拍子抜けしたりする。気難しい人との交渉はこれでもかというくらい低姿勢になって、細かい作業は間違えてはいけないポイントを確認しながら、ボリュームのある文章の作成はまず全体の構成を決めてから。
そして1日1つ気が重い用事を片付けていくと、いつしかそういう用事は減っていくものである。
だから、やらないといけないけれどなかなか取りかかれない用事に囚われて悶々とするより、さっさとその用事を済ませてしまった方が得なのである。
以上、『それを、「楽しい方」に変えてみない? 明日ちょっと運が良くなる、思考のメモ』の受け売りでした。
1日の初めに、その日一番気が重い用事をちゃちゃっと片付ける覚悟を決めてしまうといい。
気難しい人との相談、神経を使う作業、長い文章の作成。そういうものを1日1つ片付ける。逆に言うと2つ以上はやってもいいしやらなくてもいい。
気の重い用事も、最悪の事態を想定して準備してかかると、意外とあっさり終わって拍子抜けしたりする。気難しい人との交渉はこれでもかというくらい低姿勢になって、細かい作業は間違えてはいけないポイントを確認しながら、ボリュームのある文章の作成はまず全体の構成を決めてから。
そして1日1つ気が重い用事を片付けていくと、いつしかそういう用事は減っていくものである。
だから、やらないといけないけれどなかなか取りかかれない用事に囚われて悶々とするより、さっさとその用事を済ませてしまった方が得なのである。
以上、『それを、「楽しい方」に変えてみない? 明日ちょっと運が良くなる、思考のメモ』の受け売りでした。
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