まんざらでもない瞬間
管理人MAYAが無責任に日々のよしなしごとをつぶやくブログ。
ヴェルディのレクイエム
朝ご飯を食べて身支度をしながら、ヴェルディのレクイエムを聴く。
これも激しい曲で、モーツァルトに輪をかけて「おちおち死んでいられない」気分にさせられそうな曲調。実際発表されたときから華麗すぎてレクイエムらしくないと批判されていたらしい。
しかしWikipediaの記事を読むと、どうやらこのレクイエムはヴェルディが尊敬していた作家が亡くなったときに作られたものらしい。
大切な人を亡くしたとき、悲嘆のプロセスの一環として「怒り」が出てくることはよくあるらしい。神様への怒り、身近な人や医療関係者への怒り、故人への怒り、自分への怒り。
ヴェルディも尊敬する人を亡くしたやり場のない怒りを曲にぶつけたのかもしれない。
しかしヴェルディのレクイエムもモーツァルトのレクイエムも、テレビで衝撃的な場面のBGMによく使われる箇所があるのがちょっと面白い。(バッハのトッカータとフーガがショッキングな場面で使われるのは嘉門達夫のせいのような気がする(笑))
これも激しい曲で、モーツァルトに輪をかけて「おちおち死んでいられない」気分にさせられそうな曲調。実際発表されたときから華麗すぎてレクイエムらしくないと批判されていたらしい。
しかしWikipediaの記事を読むと、どうやらこのレクイエムはヴェルディが尊敬していた作家が亡くなったときに作られたものらしい。
大切な人を亡くしたとき、悲嘆のプロセスの一環として「怒り」が出てくることはよくあるらしい。神様への怒り、身近な人や医療関係者への怒り、故人への怒り、自分への怒り。
ヴェルディも尊敬する人を亡くしたやり場のない怒りを曲にぶつけたのかもしれない。
しかしヴェルディのレクイエムもモーツァルトのレクイエムも、テレビで衝撃的な場面のBGMによく使われる箇所があるのがちょっと面白い。(バッハのトッカータとフーガがショッキングな場面で使われるのは嘉門達夫のせいのような気がする(笑))
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